■吃音(どもり)が改善されるとは一体どんな感覚なのか

気が付くと私は、吃音を全く気にしない生活を送るようになっていました。

(この「気が付くと」という部分と「気にしない」という部分が、かなり重要なポイントです)

本当は、「ある日劇的に治りました!」と派手に言いたいところなのですが、吃音を改善するというのは、そういうものではありません。

「治す」や「改善する」という表現も、本当は適切な言葉ではないと思っています。

どちらかというと、「忘れる」とか「立ち直る」と言った方がしっくりきます。

吃音という問題の本質を理解してくるとわかるのですが、吃音は、治そうと思ってある日突然治るような、そういった性質の問題ではありません。

知らないうちにどもる頻度が減り、そして気が付いたら治っているのです。治っているというか、気にならないのです。

吃音なんてどうでもいいという感覚です。もっと言えば、どもってもいいし、どもらなくてもいい、全く無関心な状態。

例えるなら、失恋の痛みを忘れていくような、あの感覚に似てないこともないです。

「失恋して凄く辛かったことは覚えている。あの女以外見えていなかったし、別れるなんてありえないと思ってた。でも今はもう何とも思わない。辛いとも悲しいとも思わない。あの頃は若かった、大変だった、でも今は元気でいてくれたらそれでいいや」

この感覚です。

もっと言えば、「改善した」という実感すらありません。

たとえば、子供の頃の悩みを思い出すような感覚です。友達とケンカしたとか、おもちゃが壊れたとか、今思い出すと、そんなつまらない事で落ち込んでいた子供の頃の記憶を辿るような、「覚えてはいるけれど、実感がない」という実感のなさです。


吃音は治すのではなく、打ち勝つのでもなく、吃音の方から勝手に去っていくのです。本当にいつの間にか去っているので、最初は気が付きません。

なので、大変言いにくいのですが、正直そこに「感動」はないです(苦笑)。

子供の頃、シュークリームが大好きで、大人になったら食べきれないほどのシュークリームを買ってやろうという夢を持っていましたが、今はそんな夢叶える気すらありませんし、叶えたとしても絶対に感動しないと思います。お腹壊しますからね。

「吃音を改善してやるぞ!」と、今は息巻いていたとしても、実際にそうなってみると、「あの気持ちはなんだったんだろう…」となってしまうのです。


よくある吃音改善マニュアルなどでは、「ある日突然スラスラと言葉が出てくるようになり、感激しました!」みたいな表現がされていますが、そういったものを目にするたびに、正直「うーん…」です。

本当は吃音を熟知していない人が販売しているのか、そういう表現をした方が売れるからそうしているのか、どちらなのかは私にはわかりませんが。


現在悩んでいる人にとっては、いまいちよくわからないかもしれませんが、本当の意味での“改善”を体験した方の“生の声”に耳を傾けていただければ、理解が深まるのではないでしょうか。


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